「ルドルフ・ビーブル、オペレッタを語る」

現代最高のオペレッタ指揮者と言われるルドルフ・ビーブル。2005年、『メリー・ウィドウ』の公演のために来日した彼に、オペレッタについての話を語ってもらいました。インタヴューは銀座のカフェで行われ、ビーブルはここでは公表することができないような裏話なども交えて始終にこやかに語ってくれました。(聞き手・角岳史)

≪オペレッタを振り続けて≫

(角 以下S)今日はオペレッタについていろいろお話を伺おうと思います。まず、あなたの考えるオペレッタの魅力とは?

(ビーブル 以下B)一番にはストーリーが重要な要素でしょう。それまでのオペラがシリアスな内容だったのに対して、スッペやシュトラウスのオペレッタは楽しい内容のものをはじめとして親しみやすいものが多い。それがオペレッタの魅力だと思います。

(S)オペレッタを長年指揮していらっしゃって、特に思い出に残っている公演はなんでしょうか

(B)数年前にウィーン国立歌劇場で指揮した『こうもり』はとても印象に残っている公演です。

(S)大晦日と新年、そしてそれに続く数回の公演を指揮されましたね。私もそのうちの何度か実際に劇場で聴いていました。いずれも素晴らしい演奏でした。

(B)いままで様々な国でオペレッタをやりました。『メリー・ウィドウ』もドイツ語のほかにフランス語やイタリア語、英語、日本語・・・。いろいろな言葉でやりましたが、別に問題はありませんでした(笑)『メリー・ウィドウ』だけでも二千回以上は指揮しましたね。『こうもり』も千回以上はやっていると思います。

(S)それはすごい。

(B)長年オペレッタを指揮していて感じたことですが、オペレッタというのは残念ながらどこかクラシック音楽として認められていなかった部分がありました。ですが、それはこれから変わっていくでしょう。オペレッタもオペラと負けないほど素晴らしい音楽ですからね。

(S)オペレッタがオペラよりも一段低いものだと思われてしまう一因として、芝居としての部分にウェイトが掛かり過ぎて、音楽が軽んじられてしまう傾向がどこかにあるように思います。これは我々提供する側の問題でもあるのですが。

(B)まず、歌手がとても大変ですからね。歌って、同時にきちんと芝居もしなければならない。歌う声とはまた違う声でセリフを言わなければならないし。どちらもオペレッタにとってはとても重要な要素です。だから、オペラができる歌手はたくさんいるがオペレッタができる歌手は少ない。同じように、オペラ指揮者はたくさんいるがオペレッタを指揮できる指揮者はいない。多くの独特なルバート(テンポを揺らす表現)をはじめとして指揮するのが難しいから。


≪メルビッシュ音楽祭について≫

(S)メルビッシュ音楽祭についてお聞きします。1995年からこの音楽祭で音楽監督として指揮をしていらっしゃいますが、指揮をされることになったきっかけは何だったのですか?

(B)それ以前も40年も前からメルビッシュでは指揮をすることがありましたけどね。

(S)そうなのですか。それは知りませんでした。

(B)ダニロ歌いとして有名だった歌手が1994年に90歳の誕生日を祝ってアン・デア・ウィーン劇場でコンサートを行ったのですが、その時に現在総監督として私と一緒にメルビッシュでやっているハラルド・セラフィンと一緒でした。その時に、来年から一緒にオペレッタをやらないかと誘われたのが始まりです。セラフィンとは昔からの友人です。彼が40年前にウィーン・デヴューしたとき、指揮していたのは私ですから。

(S)へえ。それはどこで?

(B)もちろんフォルクス・オーパーで。その後も彼とはアメリカや日本への演奏旅行も一緒でしたし、とても仲のよい友人です。

(S)今年の演目は『メリー・ウィドウ』でしたが、上演に当たって珍しい序曲が入っていますね。レハール自身によるものだったと記憶していますが。

(B)そうです。劇中に登場するワルツをつなげて作った曲です。ウィーン国立歌劇場で私が指揮したときには、第二幕と第三幕の間に演奏しました。今回は序曲として演奏しましたが、これを演奏することになったのには、いろいろと訳があってね(笑)

(S)他にも特徴的な変更がありますね。現在では第二幕に歌われているハンナとダニロの「愚かな騎士の歌」が、第一幕でハンナとダニロが久しぶりに再開する場面で歌われています。

(B)レハールが最初に初演した時にはそうだったのです。その後なぜか第二幕へ移されてしまいますが、私は今回チャレンジしたオリジナルの曲順が気に入っています。

(S)さて、大変素晴らしいことに、音楽祭に合わせて毎年一演目ずつレコーディングをされていますね。オペレッタのスタンダードなレパートリーが定期的にリリースされていることは、音楽祭に毎年通うことのできない世界のオペレッタ・ファンにはなによりうれしいことです。

(B)日本ではNHKが放送したりもしているでしょう。

(S)ええ、よくやっていますね。来年は『ルクセンブルク伯爵』が予定されていますが、それもCDになるのかと思うと今から楽しみです。今後、ご自身で新たに録音してみたいオペレッタはありますか?

(B)ミレッカーの『ガスパローネ』はやりたいですね。とても素敵なオペレッタです。シュトラウスの『ウィーン気質』などもやりたいと思っています。

(S)私は個人的にはスッペの『ボッカッチョ』を是非聴きたいですね。

(B)ああ『ボッカッチョ』はいいね!素晴らしいオペレッタです。実は『ボッカッチョ』もメルビッシュでやる予定だったのですよ。でも、セラフィンがだめだと。

(S)何がだめなのですか?

(B)『チャールダーシュの女王』をやったときに、大司教の役にずいぶんと大胆な演出が付いていたのですが、それに対して教会関係者からいろいろと反応があったのです。『ボッカッチョ』には主人公のボッカッチョに異端的な言動があったり、逆にボッカッチョの著作を燃やしてしまうなどというシーンが出てきたりするでしょう。そういう部分に、彼がちょっとナーヴァスになっていたのかも知れません。

(S)『チャールダーシュの女王』の演出が物議をかもしたのは日本でも一部で報じられていました。

(B)『ボッカッチョ』はフォルクス・オーパーでもグラーツでも指揮をしました。私にとっても大好きなオペレッタのひとつです。ほとんどオペラといってもいい作品ですね。

(S)実は『ボッカッチョ』はかなり昔から日本では上演されていて、「恋はやさし野辺の花よ」(歌う)などは日本で最も知られているオペレッタのメロディーではないかと思います。

(B)へえ、そうなのですか。その曲は私もよくコンサートでやります。多くの日本人は『こうもり』と『メリー・ウィドウ』しか知らないのかと思っていました(笑)ボッカッチョの役はメゾ・ソプラノが歌ったり、バリトンが歌ったりもしますね。コントラルトが歌うこともたまにあります。最近私がフォルクス・オーパーでやったときには、ボッカッチョをボー・スコウフスが歌っていました。

(S)スコウフスが?それは素晴らしい。

(B)序曲の中に、本編には登場しないメロディーが一つ出てきます。そのメロディーを使って、彼のために曲を作りました。

(S)あなたが作曲したのですか?それは面白い!

(B)楽しかったですよ。

≪ウィンナ・オペレッタの伝統とそのゆくえ≫

(S)あなたの演奏を聴いていると、その素晴らしいテンポとメリハリのある構成力にいつも新鮮な驚きを感じます。それは、クレメンス・クラウスなどと共通のものを多く感じるのですが。

(B)クラウスは人間的にもたいへん紳士的な人でしたし、指揮者としても素晴らしいと思います。実は、私が母親に連れられて初めて行った楽友協会でのコンサートがクラウスの指揮したものでした。初めて感動しました。忘れることはできません。

(S)それは素敵な思い出ですね。

(B)クラウスもそうですし、もちろんカラヤンもそうですが、やはり指揮者は小さい劇場で下積みをして苦労して経験をつまなければなりません。そういった修行時代があってこそ、立派な指揮者になれるのです。もちろん、幸運も必要ですけどね。

(S)オペレッタにおける、今後のウィーンの音楽的な伝統というのはきちんと継承されていくのでしょうか? たとえば、フランスでは指揮者のマルク・ミンコフスキが、オッフェンバックの演奏についての新鮮なアプローチを行って成功しているようです。このような波はウィーンにもあるのでしょうか?

(B)・・・難しい。本当に難しい。あまりこういうことは言いたくないのですが、簡単ではない問題だと思います。
(S)辛いことですね。

(B)オペレッタを演奏するというのは、テクニックも分析も必要ですが、なんと言っても精神的なものも大きいと思います。私は一生のほとんどをオペレッタに捧げてきました。ずっとオペレッタを指揮し続けているなかで得た経験は、なにものにも変えがたい価値あるものです。私にとって数え切れないほどとりあげてきた作品であっても、指揮する度に常に新しい発見があるのです。先ほども言ったように私は『メリー・ウィドウ』を二千回以上指揮していますが、今年の夏メルビッシュで取り組んで、また新しい発見がありましたよ!ロベルト・シューマンは「音楽を勉強するのに、終わりというものは無い」と言っています。そこまで深くオペレッタに取り組む若い演奏家が今後出てくるかどうか、それは簡単なことではないと思いますよ。

(S)日本のオペレッタ・ファンについてご感想は。

(B)こんなことがありました。ある日本人がレコードショップに行ったとき、たまたまその店で素敵な音楽が流れていたのだそうです。それは私がフォルクス・オーパーを指揮した『メリー・ウィドウ』の演奏でした。その日本人はそれだけのことで私にファンレターを送ってくれたのですよ。あれはとても嬉しかったですね。

(S)最後に日本のオペレッタ・ファンにメッセージを!

(B)劇場に通ってください!!!

(S)ごもっとも!(笑)今日は本当にありがとうございました。